私の「喉頭癌」闘病記(完治)の纏め。

今年は傘寿を迎えるが、今までの80年間は医者要らずに近いほどの健康体が続いていて、この歳になっても、毎日8000~10000歩の散歩とスポーツセンターでのスイミング(400mほど)も欠かさずに続けてきたし、昨年の健康診断でもオール「所見なし」で健康には自信を持っていたので、昨年暮れから喉の調子が悪いけど、風邪を拗らしたかな?くらいに軽く考えていた。
ところが2月2日、孫に呼ばれて返事をしようとしたら声が出ない。これは喉に異変がありそうだと、茅ヶ崎中央病院・耳鼻咽喉科で診察を受けたら、喉に癌の疑いがあるとの診断で、東海大学医学部付属病院の専門医を紹介して貰った。

早速、2月5日、同病院に行って検査を受けたところ「喉頭癌レベル3」の診断結果で治療することになった。
ところが癌の進行度レベル3ということは、放射線と抗がん剤の併用治療が絶対条件であり、79歳の高齢では副作用に耐えられない可能性が高いので、癌細胞摘出手術の選択が常識だが、私の場合は過去に病歴がなく、様々な検査(PET-CT、血液検査、内視鏡検査、心電図、X線検査などなど)の結果、79歳の高齢でも強度の副作用に耐えられる可能性もあるので手術を避けてみようということになったが、それでも心配があるので、3月1日に入院して、最初2度の抗がん剤投与と数回の放射線治療を観察してから治療方針を決めようということになった。
ところが、この入院期間中には抗がん剤の副作用も、放射線の副作用も全く出現しなかったので、入院は半月ほどで退院させられて通院治療に切り替わった。

80歳を迎える年になって初めての医者通いになるけど、この病院は大学病院ということだからかな? 医師も看護師も、スタッフはみな若い人が多く、学校を終えたばかりの実習生と思うくらいに患者の扱いは親切だし、私との年齢差も祖父と孫たちほどにも離れていて、親切に接してくれて気持ちいい病院だと思えるので良かったのだが、この病院までは電車・バスを乗り継いで1時間ほど(往復2時間)の道程で、放射線治療は毎日(月~金)欠かすことなく7週間(1週間は入院中に済んだ。)続けたし、この間の月曜日には抗がん剤の注入(点滴3時間)もあったので高齢の身にとっては、かなりキツい通院期間でもあった。
4月24日、最後の放射線照射を終え、喉の撮影結果も見せて貰ったが放射線医師の診断は「癌は見事に消えたが、副作用は一ヶ月ほど残るだろう。」とのことだったので取りあえずは安堵し、翌週月曜日には主治医からも「癌は綺麗に消えてますね。後、副作用との闘いが続きますが頑張りましょう。」と云われて家族ともども一安心ということになった。

それにしても放射線・抗がん剤の副作用が他の人に比べて「軽度で良かった。」とは、主治医の言葉だが、放射線の副作用は相当キツかったことも事実なので一応書いておこう。
4月24日に治療を終える一週間ほど前から喉の外傷(火傷)が爛れて痛く、治療が終わってからも約一ヶ月は痛みが続いたし、この間は口腔粘膜炎(喉の内部炎症)もあって、食べ物は喉を通らず、水で流し込んでいたし、味覚を感じないので食欲もなく。体重は治療開始時の68kgが62kgにも減った。

癌の治療を終えて一ヶ月半。6月に入ってからは副作用(後遺症)は殆ど感じないほどに完治?して、一日8000歩の散歩とスイミング(まだ距離は短いが・・)を復活できて喜んでいる。

追記:後期高齢者の私が、副作用に絶えながら治療計画を完遂出来たのは、抗がん剤は血圧を下げる副作用があるそうで、高血圧気味の私にはむしろプラス効果となって140ー85の血圧が115-65にまで下がったので、服用中の降圧剤は服用を辞めた。そして減らそうと努力しても減らなかった体重68kgが62kgにも減ってくれた上に、絶対に不可能と思っていた禁煙は自然に出来てしまった。(^o^)


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